その3:城への誘い





慌てて私は、liverteさんの方を向く。彼女はにっこりと微笑んで、私の無言の疑問に、針穴に糸を通すように正確に答えた。
「ええ。貴女の目的地、そして私達の父親がいるのは、サンチェス公国跡地、その城跡ね」


――途端、私の中に何かが飛び込んできた。


――蛮族の手によって滅んだ都市。
他国の陰謀で滅びた国。
全てを巻き込んで崩壊した場所。
手に入れし者に訪れる終末。
欲を抱くものが呼び寄せる終焉。
幾度見たのだろう。
幾度形容したのだろう。
その風景を。


――catastrophe――


「――ん!?Tangerineさん!?大丈夫!?」
いつの間にか、私は立ったまま気絶していたらしい。気付いたとき、私は毛布の敷かれた床に寝かされていた。
「――」
私は返答しようとして、出来なかった。何かが、私の体が動くのを中から押し止めているように感じた。
寒い。体の芯から冷めていく感覚がする。意識にまで及びそうな、絡み付くような冷気。
視界が、何処かぼやけて……。

――……て……――
………え?

――……て。……に……――
何かが聞こえる……。

――……くき……。この……――
段々とはっきりしてきた――!?

「……はやく、きて、この、しろ、に……」

私の口が、勝手に、動いて、喋ってる……。


「……おね、がい……」


最後の一言を呟き終えた瞬間――私は、意識が闇に堕ちていくのがはっきりと分かった。
望む望まないに関わらず。


―――――――――――――


「……姫様」
「……どうなさいました?」
「……バルザダー国の動きが、どうにも不穏でございます」
「……条約を破るような国と父は条約を結ぶことはありませんが……」
「しかし、風評とはいえ、余りにも状況が符合しております……」
「……。今は年に一度の祝祭の準備期間。今民衆に妄りにその危機を伝えたら、混乱の極みになるのは必然でしょう」
「……姫様?」
「……ですので、祭りで起こる災害対策のための避難経路を、他国が知らないであろう場所も含めて、国民に伝えてもらえますか?」
「!……御意にございます」

「…………」

「……何故に風は、波を立てるのを好むのでしょう……水は、そのような事を望まないのに………」

「……緩やかな流れを、望む事はいけないのでしょうか……?」


―――――――――――


「このまま彼女を連れて、あの場所へ行くべきではないわ」
予想はしていました。liverteがそう言うであろう事は。
Tangerineさんがうわ言を告げて倒れた後、ナオキアングラ曲達と客人で集まってにわか会議を開きました。と言うよりもたった今開いている最中です。BlueberryさんにはTangerineさんの具合を見てもらっています。
可能ならば私の姉は、このまま近くの飛行場に降りて、引き返すことを望んでいるようです。言い分としては分かります。
余りにも、不確定要素が多すぎる。それも、危険な方向に。
そもそも父上がどうして、呪いの伝説のあるあの場所をリミックスの場所として定めたのか、私達には理解が出来ません。父なりの思惑があるのでしょうが、先程のTangerineさんの様子から、いかにそれが危険な決断であるかと、姉は思ったでしょう。
もう一人の姉であるTearsは……寝てますから放置の方向で。
「ですが、父はあの場所で待てと言っていましたし、そもそも、彼女の意思はどうするのですか?」
「だとしても彼女の意思を確認する前に、無事に安全な場所に置くことが優先じゃないかしら?」
確かに姉の言うことは正論です。現実的判断として、これより上のものはないでしょう。
ですが――。

「liverteさん、貴女には残念な話だが、彼女はそのまま連れていかなきゃいけねぇ」

「!?」
僕達は、今発言をした曲の方向を一斉に向きました。Mr.KKを思わせるような清掃服に身を包んだ客人、彼女の護衛の方を。
「今、Tangerineさんは指向性のある霊波をモロに受けている状況だ。既に霊的な影響も少なからず出てるぜ。それがさっきの発言じゃねぇか」
さっきの発言とは、あのうわ言でしょう。
「あれは……霊が言わせた、と言うことですか?」
「今まで俺が何人の霊を祓ってきたと思うよ?そんだけの例を、現に見てきてんだぜ?」
学者の指摘を一蹴する霊媒師のように僕達に告げた彼の名は――GHOSTBUSTERS。DJ YOSHITAKA家出身の曲です。
「この状態で下手に引き離したら、最悪、魂を抜かれるだろうよ」
さも当然のように、私達が想定する最悪の未来をあっさりと口にするGHOSTBUSTERSさんに、僕達は唖然とすることしか出来ませんでした。
「じ、じゃあ……」
信じられないといった表情で、liverte姉さんは彼に視線を向けました。それを受けて、彼は頷きます。
「そうだ。今俺達に出来ることは、Tangerineさんを無事に、あの城跡に送ることだけだぜ。なぁに。俺が守る。心配すんな」


―――――――――――――


――きて……


――わたしたちのしろにきて……


―――――――――――――


「………ん?」
目覚めたとき、私は見たことの無い部屋にいた。窓から見える景色は、闇に暮れた雲の上。まだSecret rendez-vous号の中らしい。
「んっ……」
非常に気怠い体を何とか起こして、洗面台に向かおうとした私は……。
「すー……」
私が寝ていた布団にしがみつくように眠っている妹、Blueberryの姿を発見した。
「………」
一先ず布団に乗せて、改めて毛布を掛けようとしたら――。

「Blueberry………」

妹の目尻から頬にかけて走る、涙の跡。それも一本だけじゃない。二本、三本。
私の額に張られた冷えピタ、プラスチック桶の中に入れられた濡れタオル。今私が着ている、ボタンが互い違いのパジャマ。
「……」
心配かけて、ごめんね、Blueberry。
寝ている妹の頬にそっと口づけすると、私は着替えて、部屋の外に出ることにした………。

「Zzz...」
「カァ〜……ピュ〜……」
「く〜……」
「みゅぅ……」
キャビンでは、何か宴会をやっていた後らしく、NAOKI家の人達が揃って、座席にもたれ掛かるように寝ていた。INSERTiONさんは寝ながらもPreludeさんに迫っていて、liverteさんは夢でうなされている……どんな状況だろう。
あとの二人はどうしたんだろう、と首を回すと、

男性の人と目があった。

「本調子とは言えないが、もう動けるみたいだな、Tangerineさん」
付き合って三ヶ月くらい経つ友情関係を結んだような気安さで、彼は私に話しかけてきた。
「……ええ。ご心配をお掛け致しました」
礼儀よりも本心から、私は彼に謝る。他のNAOKI家の人は寝ているので、謝意を伝えようがない。
彼はそれを聞いて、改めて自己紹介をした。
「俺の名はGHOSTBUSTERS。Yoshitaka家の出身だ。今回REINCARNATIONさんに頼まれて、貴女の護衛に付くことになった」
どうやら彼はNAOKI家の出身ではなかったらしい。
「護衛……?」
どういうこと、と尋ねる前に、彼は手早く説明を始めた。
「今回行く場所がサンチェス公国跡なのは気絶前に聞いた筈だが、あそこが呪いの土地だってのは、REINCARNATIONさんに聞いたか?」
頷く。
「よし。で、その呪い自体は姉のCaptivAte三姉妹が何やら処理したらしいけど、それでも完全には浄化しきれなかったらしくて。で、俺がREINCARNATIONさんに頼まれて、貴女を守りに来た、っつーわけだ」
CaptivAte三姉妹……彼の家の誇る有名な退魔師、と言うよりもシスター、あるいはシャーマン。
噂では、新しく建物を建築する時、彼女達が鎮めた土地は地震が起きにくいとか、運気が良くなるとか、様々に言われている。
その人達が完全に浄化できないって………。
私の思いはよそに、彼は淡々と話を続けた。
「予定としては、NAOKI氏に会うまでの間、呪いの土地に入り込んだ亡霊を俺が退治するつもりでいた。……正直、この段階でいきなり霊波が飛んでくるとは思わなかった。説明をせず、済まねぇ」
申し訳なさそうに、頭を下げる彼。その瞳には、明らかな悔しさが滲み出ていた。
こちらとしては、説明の一言くらいは欲しかった、という思いはあったけど。
「……行き先を知っていたから、REINCARNATIONはその国の話をしたのね……」
「そういうこったな。Preludeさんじゃねぇが、『どうしてあの場所にしたのか』、貴女は心当たりがあるか?」
彼にそう言われたけど、私に心当たりは……!?


「……私のリミックス後の曲名が、Tangerine Stream -the catastrophe-になります。これがサンチェス公国と何か関係があるのかもしれません」


思えばそうだ。
『大厄災』。
これほどあの城で、いやあの場所や空間で起きた事象を的確に表す言葉は無いのではないか。
様々な思惑の中、倒されたドミノ。
不完全な構成は、作家の意図しない方にも倒れ、結果として――崩壊。瓦解。
残るものは残骸と霊魂と、そして――?


「『大厄災』、ね………」
呟いた彼は、しばらく腕を組んで考えると……手をぽん、と打ち、納得いったような表情を浮かべた。
「そいつぁ、確かに必然だな。NAOKI氏がそこを選ぶのも頷けらぁ」
そうして、呆気にとられた私に近づくと、胸ポケットから取り出した何かを、私の掌に置いた。
「持っときな。俺が近くに居ないとき、そいつが守ってくれる筈さ」
にっこり笑ってそう告げると、彼はそのままリクライニングシートに倒れ込み……寝息を立てていた。
「………」
私は、掌に乗せられた紙状の何かを見つめ、溜め息を一つ。渡されたものは、裏を見ても染み一つ見当たらない、長方形のお札だった。
『急急如律令』とか『臨兵闘者皆陣烈在前』とか書いてあるならば、まだ霊験がありそうに見えるのに……。
「………」
まぁ、渡されたのは幽霊退治の専門家からだ。大事にしよう。そう私は考え、札を胸ポケットにしまって、リペアルームへと戻っていった………。

―――5時間後―――

「………ん………」
目が覚めたとき、既に太陽の光は私の肌をちくちくと刺し始めていた。思ったより長い時間寝ていたらしい。
体を起こそうとした私は――。
「……んん〜」
アメフト選手のタックルを思わせるような体勢で私の両膝を抱え込んで眠っている妹を発見した。
私の十年前を見ているような顔で、すやすやと寝ているのを見ると……。
「………うにーん」
理由もなく、頬を伸ばしてみたくなる。ふにふに、うにうに、むにむに。
「……すぅ」
でも起きない。これじゃ悪戯のし甲斐が無いわね……。
このままにしておくのもどうかだけど、それなりに肉体労働があるCAの仕事で鍛えられているのか、脚をがっしりと締めている腕は外れる気配がない。
そもそも、私に妹ほどの力はない。
「………」
結局、私が解放されたのは、それからさらに一時間後の事だった………。

「「大DDR大会〜っ!」」
「「WRYYYYYYYYYY!!!」」
ブランチで桜餡パンを食べた後、INSERTiONさんが中心となってのレクリェーションが始まった。Preludeさん曰く、
「暗くなっていてもしょうがないから、せめてこの場所だけは明るく過ごそうぜ、だそうですよ。全く、お祭り事の演出は巧いんですから」
彼の話では、INSERTiONさんは、NAOKI家で行われる合同祭の、underground代表らしい。『趣味は特殊だが、演出能力と爆発力はピカ一』というのが、家族一同の見解……らしい。
「ルールは簡単だ……踊ろうぜ!」
「イェーィ!」
……もしかして、NAOKI家はわりとお祭り好きだったりとか?
「……まぁ、ダンスは好きそうだけど」
生まれ的に、いつもダンスに親しんでいるからだろうな……。
「はいっ!じゃあ一曲目、俺がいくぜっ!歓迎の意味も込めて――『革命』っ!」
「――え?」
特徴的な、流れるようなストリングスのメロディ。まるで天から地へと落ちていくそれは……。

「……そっか」

私より前に、革命が既に父と合作で創られていたのよね。
私が不安になっていたのは、どんな曲になるんだろうって事だった。彼らは、そんな私の不安を吹き飛ばそうとしてくれている。それが、私には嬉しかった。


……でも、心の中にはまだ不安があった。



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