その4:踊り手達が向かう城は





私は、一体どうなってしまうのだろう。
意識を失った後見た風景。あれは何?
手を出したくても出せない。出した時、そこで私の見る風景は崩壊してしまう。まるで、劇場の客席で眺めているかのよう。
私自身は参加できずに、私自身が物語に巻き込まれている。
台本を手渡されることなく、いつの間にか役者の一人に抜擢され、舞台に立たされている。
ただもがき、苦しむ様を眺める観客は、一体誰?
それとも――台本が無いと言うことは、私自身が物語を描く、と言うことなのか。描くことで、何を満たすのか、何が満たされるのか――。
そこまで考えて、私は首を大きく横に振った。不安がっていてもしょうがない。今は……親睦を深める時間だ。思いきり……とは行かないにしろ、精一杯楽しもう。

「ウェーイ!次はTangerineさん!何を選ぶかい?」
ステージに乗ると、INSERTiONさんが早速聞いてきた。私が選んだのは――。

「I Remember you...」
静かなバラード。
「Christmas is here...」
鈴の音が聞こえそうなポップス。
「Everything there's a Flow...」
宇宙を巡るテクノ。そして――。

天使の幻影。

私達の国が発展する、立役者の一人である偉大なる兄、.59を奏でた。
曲に描かれた風景は違うけど、私は兄を尊敬していた。
この国最初の栄冠の守護者、GRADIUSIC CYBER兄さんと同じくらい………。
……演奏が終わったとき、私の耳に飛び込んできたもの――拍手。
「すげぇ……」
あのINSERTiONさんが呆気にとられた表情を浮かべてこちらを眺めていた。無心で踊ったのが良かったんだろうか……。
「お姉さん……一度、一緒に踊らない?」
気付けば、妙なライバル心を燃やしたのか、2P側に体操服姿の妹が立っていた。CAの服装は……座席に綺麗に畳まれている。
悟られないように、周りを見てみると、何かに期待をするような目を向けている他のみんながいた。え、えぇと……?
「さぁ……踊  ら  な  い  の  ?」
妙に生き生きした妹の目線に負けて、私はエントリーボタンを押した……。

四曲後………。そこに立っていたのは――。

「……はぁっ、はぁっ……なんで、お姉さんはそんなに体力があるの……?」
各自二曲選択、先鋒Blueberryでやった対抗戦は、私の三勝一敗。
「だって貴女、最初に一番キツいの持ってきちゃったじゃない。だから私は簡単で、点を取りやすいものを選んだのよ」
そう。よりによって妹は、私の素早さの低さを利用して、最初にいきなりBPM145〜290、ソフラン有り低速有りの曲、通称『鬼鯖MAX』を選曲したのだ。そして自滅。私は最初から踏める部分しか踏めず、体力を温存していたので、次の曲から三連勝できたのだ。妹の二曲目は、予想通りスローテンポのバラードだった。
「そ、そんなぁ……姉さんの作戦勝ちかぁ……」
がっくりと肩を落とす妹に苦笑いを向けると、私はそのままステージを降りて屈伸運動をした。筋肉痛を残したくないから。
「おっしゃ!次は俺と……Prelude、や  ら  な  い  か  ?」
「や  り  ま  す  よ」
次の対戦は、どうやらINSERTiONさんとPreludeさんに決まったらしい。私は席に座って、彼らの踊りを観賞することにした……。

あ、ありのままに今起こったことを話します……!
1P側にいた筈のINSERTiONさんと2P側にいた筈のPreludeさんの姿が、いつの間にか入れ替わっていたんです……。なのにスコアが全く右左変わらないんです。
な、何を言っているのか分かっていただけたでしょうか……。
私も、あの瞬間を見た今でも、うまく理解ができません……。
テレポートとか、瞬間移動とか、そんな言葉で表す事すら躊躇われる、本物の『神業』を味わいました……。

「……アンタ達もよくやるわよ」
二人の様子を見ていたliverteさんが、呆れたように呟いていた。
一方でTearsさんは……。
「………」
無言でその様子を眺めながら、
ドドドドドッドドッドドッドドドッ
足では目の前の譜面を再現していた。
――何だろう。この家族。
「……ねぇ、NAOKI家って」
「うちがピアノとシンセをやたら多用したトランスを奏でるようなものじゃない?お姉さん」
さすが妹。私の疑問をよく分かってる。そこに痺れるわけでもないし憧れるわけでもないけど。

「Fooo〜!やっぱり得点変わらねぇか〜!」
「……妙な視線爛々で……僕を見つめないでくれません?」
違う意味で疲れているPreludeさんを気にせず、ハイタッチを要求するINSERTiONさん。確かに求めたくもなる完成度だった。Preludeさんも、相手次第ではハイタッチしていただろうとは思う。
そして二人の得点は――全く一緒。
「――」
パチ……パチ……
気付けば、あたしは二人に向けて拍手を送っていた。あまりにも、二人の戦いが天空の次元だったから……。
「Thanx U!」
「ありがとうございます」
INSERTiONさんは陽気に、Preludeさんは礼儀正しく私に返してくれた。それだけで、どこか嬉しい気持ちになれるから、挨拶の力は凄いと思う。
挨拶をしている間に、Tearsさんは台に乗り、曲を選択し始めていた。無言で、矢印ボタンを連打している。選択した曲は――2MB名義のものばかりだ。それぞれのテーマも、.59兄さんから聞いたことがある。
TRIP MACHINE〜luv mix〜:ネグレクトする母に求める愛情。
ORION'78(civilization mix):近代化の波に消え行く伝統。
Fascination MAXX〜eternal love mix〜:狂信的な一方通行の愛。
そして――。

「………」
MAX.(period):DDRという世界の、終焉。

世界の終焉。
せかいのしゅうえん。
セカイノシュウエン。
終わり。
おわり。
オワリ。

――ここで、もう、おわり……。

「………はっ」
まただ。また一瞬気が遠くなってしまった。でも今回は誰にも気付かれていなかったみたい。誰も私の肩を揺らすことはなかったし。

知らない間に、Tearsさんのプレイは終わって、liverteさんの番に移っていた。彼女はR&Bを中心に、遅めのテンポの曲を踊っている。
ゆっくりの方が楽……という人もいるかもしれないけど、今プレイ画面を見る限り、そうも言えないのがよく分かる。
bag
BPM65の、驚異的な遅さを誇る曲だ。左画面全体を覆い尽くすような矢印の群れ。それを彼女は、滑らかな動きで、確実なタイミングでパネルを踏んでいる。
……NAOKI家って、皆こんな感じなのかしら?あの走り屋のRED ZONE氏も……などと考えながら、私は次に自分の番が来るまで、liverteさんの演舞に見惚れていることにした……。

こうして、機内でのレクリエーションの時間は過ぎていった。MAX.(period)の意味を思い浮かべた時のような、あの気が遠くなる感覚は、あれから一度も起こらなかった。それが私にとって良かった事なのかは、よく分からない。ただ――。

――オワリ。

あの言葉が聞こえたときに私に走った、背筋が凍るような感覚。一体何なんだろう。
まるで何かに、怯えているかのようだった……。

――――――――――――――

「お姉さん、また今度ね。旅行に行くならBlueberry airplaneをよろしくっ!」
「ええ。時間が空いたら、他の曲を誘って行くわ」
ハイエクス空港でBlueberry streamと別れた私達は、その足で空港近くのタクシー乗り場に向かい、待ち合わせしていると言う運転手を探した。多分またNAOKI家の曲なんだろう。あそこの家は何かと大家族で有名だ。私の家族もそれはそれで大家族だけど、DDR国での彼らの家には到底及ばないし……。
果たして私を待っていたのは、サイバーチックな眼鏡をした、オレンジ色の作業着……じゃなかった。何考えてるんだろう私。ポリシックスじゃないんだから。
サイバーチックな眼鏡をした色白の男の人だった。どこかパジャマのようにも見える上下色を統一した長袖のシャツにズボン。そしてややボサボサの髪。
「くぁ………」
皆さんの前で平然と大欠伸をするこのいかにも寝不足な彼に、Preludeさん達は一様に肩を竦めていた。
「……AM-3P兄さん、何時までシムシティをやって要らしたんですか……?」
呆れたような声で訊くPreludeさんに、AM-3Pさんはむにゃむにゃと夢見心地の声で、「……ここに着いてから……4時間ほど……」と呟くと、助手席に向かってゆっくりと倒れ込んだ。
「………」
これはどう反応すればいいんだろう。笑うべきなのだろうか。呆れるべきなのだろうか。
そんな私の思いはつゆ知らず、他のNAOKI家の皆さんは、誰を運転手にするかを相談していた……。

「済みません。本当はHealing Vision姉さんがここに来る筈だったんですが、いつの間にか変更されていたみたいで……」
私の隣から、右前にある助手席を睨み付けるPreludeさん。迎えに来ていたAM-3Pさんは今は完全に夢の中だ。
コナミ神直々の命令がいきなり下ったらしい。ビーマニ総合病院に集合せよ。大量の急患が出てくるだろうと、その受け入れ準備を整えさせるために、医療の心得がある曲達を大至急集めたという。その中には、Healing Visionさんの名前もあった――らしい。
サンチェス公国跡までの道のりを知っているのは、この中でINSERTiONさんとGHOSTBUSTERSさんだった。客人に運転させるわけがないというNAOKI家の立場から、必然的に彼が運転手役となったという経緯がある。
仕方ないですよ、と私は答え、そのままあとどれくらいで着くかをPreludeさんを挟んで向かい側の席にいるGHOSTBUSTERSさんに訊ねると、30分と言う答えが返ってきた。30分、さして長くもない時間だ。
「サンチェス公国か……こうまで国土に恵まれた国ってのもそうそう有るもんじゃねぇな。だからこそバルザダー王国も攻めようと思ったんだろうさ」
窓の外に広がる麦畑を見ながら、GHOSTBUSTERSさんは何の気も無しに呟いていた。私も外を覗くと、見事な黄金畑が一斉に、風の方向にたなびいていた。誰かが畑作でもしているのだろうか、などと思ったけれど、辺りに住宅の気配は全く無い。恐らく、野生の麦なのだろう。
豊かな土地だったのだ。この辺りは。だから住民はさして食うに困らず、文化を発展させられた。その様な土地を、あの「バルザダー王国は奪おうとしたわけか」。
それも歴史の必然としてしまうには、あまりにも私は歴史を知らないし、それに「奪われた命の事を思うと、その言い方はあまりにも冷たすぎる」。
この場所でただ、民衆が平凡な日常を送ること、それの手助けをするのが王の責務であった。「でも私はただ、自分の願いとして、自ら以外の存在を守りたかっただけ。それすら守れなくしたバルザダー王国を、私は――」

私は………あれ?

……ことごとく思考が脱線していくような気がした。いや、させられているような気すらした。まるで、何かが頭の中で囁いて、それに合わせて私の口が動いているかのように。
「………」
少し怖くなって、私は車内に視線を戻した。このまま外を見ていたら、段々と私が私でなくなっていくような気がしたのだ。
(私……一体、本当にどうなっちゃうんだろう……)
ただ刻々と進む時を、私はやや俯いたまま過ぎるに任せていた。
じっと俯いたまま――。
(あ……あれ……?)

――私は意識を手放していた。

――――――――――――――

「……ここにいらしたのですか、姫様」
「……カイド」
「祝祭の挨拶が終わって、催し物の席が始まるまでの自由行動時間ではありますが、姫様はそうそう一人で出歩くなど、危険ではありませぬか?」
「……問題ありません。一人護衛を付けておりますから」
「なりませぬ!何時バルザダー王国が攻めてくるのやら」
「カイド!余計な風評は国の品位を損ねますよ!」
「!し……しかし……!」
「……今は祭りの席です。周囲が騒々しい時程、私達は冷静でなくてはならないのですよ。毅然とした態度で――襲撃に備えなさい」
「………姫様は」
「私は暫くしたら戻ります」
「………了解しました」

「……私達は、この風に靡く麦達と同じなのでしょうね……」

――――――――――――――



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