その5:捕らえられた姫君達





「……ん……」
ここは……見覚えのある麦畑。ということは……もうメイデン城の近く……?
「……ろそろ着きますよ?」
……ん?誰だろう。私の肩をゆさゆさと揺らしているのは……。
えっと………。
「……Preludeさん?」
ぼやけた頭で、私は何とか状況を整理しようとした。えっと……私はTangerine Stream。父のアルバムにRemix枠としてNAOKI家に招待を受けた。で、今私を起こしてくれたのはNAOKI家のPreludeさん。目的地はサンチェス公国跡で、もうすぐ到着しそうな状況。
うん、確認完了。
「はい?」
名前を呼ばれた彼は、どこかきょとんとした顔を一瞬浮かべると、やや心配そうな顔を浮かべると、それを振り払うかのように首を大きく横に振った。
「そろそろ着きますから、降車の準備をお願いしますね」
私は頷くと、外の風景を眺めた。
こうして見ていると、何処か落ち着くような気がして……。

――カイドに咎められながらも、一人で何度か抜け出した麦畑……

――付き人のジョシュアとお花を摘みに行った花壇……

――一人、お忍びで歩いた城下にある商店街。あの数段重ねのクレープは美味しかったっけ……

――城の中にある芸術庫は、一般の人にも解放されていたっけ……

――あぁ、麗しのサンチェス公国……

外を眺める私の顔が、知らずに笑みを浮かべていた事に、私自身も気が付かなかった。

――――――――――――――

「うわぁ………」
車から降りたとき、私はあまりの光景にビックリしてしまった。
跡地だと聞いていたのに、城自体がしっかりとした形として残っているのだ。
建設当初の外観の復元図はREINCARNATIONが見せてくれたけど、それを更に綺麗に、そして繊細に表現したらこの建築物になるのではないだろうか、そう思えるほどに目の前に聳え立つ白亜の宮殿は私の心を捕らえて離さなかった。
ゴシックのような底暗いおどろおどろしさは無くって、寧ろバロックのような豪華絢爛さを誇っている宮殿は、でも繊細さも兼ね備えていて、まるで優しさと儚さを併せ持つ乙女(メイデン)のよう。
今すぐにでも駆け出して、足を踏み入れてみたい。テラスは何処かしら。舞踏会という名前の、市民を交えたダンスパーティーは今日は開かれていなかった筈。あぁまたジョシュアの新着ドレスの品評会が開かれるのだわ……?
「………?」
何だろう。思考がおかしい。まるで自分が自分でないみたい……。普段は、こんなに気持ちが昂ることも、そうそう無い筈なのに。
胸に手を置いて、深呼吸をしてみる。跳ね上がっている心拍数が、徐々に落ち着いていく。辺りの草木が放つ懐かしい香りが、私の心を落ち着けていくのだ……。
「お〜い、Tangerineさ〜ん、今から集合場所に向かいますよ〜」
Preludeさんの声が聞こえた。どうやら集合場所に向かうらしい。……今すぐにでもこのお城に入りたいのに。
「は〜い!」
でも、彼らを困らせちゃいけないよね。私が勝手にどっか行ったら、困るのは彼らだし。
私にも流儀があるけれど、それを彼らに押し付けるわけにもいかないですし。
――それに、どちらにしろ彼らは私の城に入ることになるのですから……。

「えっと……うん。『城のエントランスホール』、で間違いはないみたいです」
集合場所を再三確認して、城の前に立つPreludeさん。何度も手元の電子機器を見直しては現場と見比べて、ここが正しい集合場所かを確かめているみたい。
――そんな必要はないのに。ここは正真正銘のエントランスホール。大理石の床には、この国の紋章である双頭の蛇が、十個に一個の割合で彫られていて、壁はこの地域に多く広がる岩場から採ってきた岩を研磨したものが精巧に積み上げ組み合わされている。
この国の伝承が描かれたステンドグラスは、外からの太陽の光を浴びて輝き、鎖で繋がれた天井のシャンデリアは、在りし日と変わらない美しさを誇っています。
そして私は……在りし日の約束通り……あの人を――。
「……Tangerineさん?」
――Tangerine?えっと……あ。
「……はい。何でしょう?」
そうそう。私はTangerine Stream。何で反応できなかったの?私。一体何が起こっているの?
……でも、パニックを起こしても良い筈なのに、全然心は静かなままだ……。まるで、戸惑うことが当たり前のように、その戸惑いすら受け入れている私がいた。
「大丈夫?」
目の前の……えっと……liverteさんは、何処と無く呆けている私を心配したのか、頬に手を触れながら私の顔を覗き込んでくる。やっぱり飛行機での事がありましたから、心配しているんだろう。
――でも大丈夫です。私はなにもしませんから……。
「……えぇ、大丈夫です……ご心配お掛け致しました」
誠意を込めた返事を返すと、私はホールを見回しました。確か'約束'はこの時間。'彼'との約束の場所は、この紙に記された通り――?

「――ッ!?」

あれ……ちょっと待って……?本当にその文字はNAOKI氏の物なの……!?
「!Preludeさんっ!手紙をよく見てっ!」
「――え?」
「文字の上っ!何か書いてませんかっ!?」
慌てて手紙を見返すPreludeさん。でも……。
「……どうしたんですか?Tangerineさん。何も書いてませんよ?」
困ったような顔で私を見つめるPreludeさん。彼には見えないのですか!?文字の上に書かれた――

「――糞っ!悪霊にしてやられたっ!」

『Gotcha!!』
[掴まえた!!]という意味の単語。それの意味するところは、即ち――!

バタンッ!

「「「!!!!!!!!!!」」」
入り口の巨大な扉が、凄まじい勢いで閉じられた!
「!!くそっ!」
すぐにINSERTiONさんが駆け寄って戸を押す。でも、
「駄目だ!すげぇ力で外から押さえ付けてやがる!」
「嘘っ!」
liverteさんが悲しみの叫びをあげました。無理もない。突然出口を塞がれて、悲しまない人間なぞ居ませんから。
「しかもこの気配……ヤベぇな。俺一人でどうにかなる量ではあんだが……」
GHOSTBUSTERSさんが視線を向ける先、そこには今にも動き出しそうな甲冑が数体セットで置かれていた。そこに微かに浮かぶ……謎の紋章。それが紅く輝くと――!

「危ないっ!」

Preludeさんが私を、INSERTiONさんがliverteさんを、GHOSTBUSTERSさんがTearsさんを、それぞれ抱えて横に飛びました。その足場に刺さる、鋼鉄の矢。双頭の蛇を型どった風切り羽を持ったそれは、見間違える筈もなく我が王国の矢でした。
「!!!!」
liverteさんは驚きのあまり声を失い、恐怖に耐えきれずに体をがくがく震わせていました。
「クソっ!リビングアーマータイプかよっ!」
GHOSTBUSTERSさんが、鎧に何かの標準を合わせながら、苛立たしげに叫びました。そのまま引き金を引いて――!
「GHOSTBUSTERS!!」
バシュウウッ!という激しく空気を吸い込むような音がしたかと思うと、鎧は一気に前に崩れていきました。
鎧についていた邪悪な霊が一気に外れ、GHOSTBUSTERSさんが持つ、掃除機のような何かの中に吸い込まれていくのを、私は体で感じました。恐らく、これが彼を『幽霊退治屋』たらしめている理由――。
「……ねぇ、何が起こっているの?ねぇ、分からないのよ……教えてもらえる!?ねぇっ!?」
liverteさんが錯乱寸前の声を漏らして、彼に掴みかかります。彼はその腕を握りながら、彼女に言い聞かせるように――告げました。

「これが、亡霊とやらの宣戦布告らしい」

「………ぼう……霊?」
いかにも信じられないといったような顔で、liverteさんはGHOSTBUSTERSさんの顔を覗き込んでいました。彼は、それがさも当たり前であるかのように、こう呟き始めました。
「――あらゆる困難が科学で解決するこの時代、人々の心の闇に悪霊は住み着く……」
「陰陽師の話はいいからとっとと話を先に進めてくれないか?掘  る  ぞ  ?」
待ちきれなくなったかのように、股間のジッパー……で良いのでしょうか……を上げて開き始めるINSERTiONさん。明らかに襲う気満々の彼に若干怯えながら、GHOSTBUSTERSさんはやや早口気味に話し始めました。
「……亡霊はわりと俺達の身近にいる。特にこう言う、呪いとか人間に名付けられた場所には異常に集う。恐らく、ドアを押さえつけ点のも、鎧を操ってんのも、その亡霊の類いだろうさ」
そう煙の出るパイポらしきものを吸い始めるGHOSTBUSTERSさん。その火を、手に持つカンテラに放り込み、盛大に燃やします。
「亡霊は光より火に弱ぇ。だからこそ、見知らぬ屋敷にはカンテラを持て、ってな」
GHOSTBUSTERSさんは、光の欠けた城の、辺りを照らします。姿は他の曲には感知されませんが、ほんの少したじろいだような、そんな微少の気配を亡霊兵士たちは撒き散らします。
――どうしてだろう。全く知らない単語、全く知らない概念が次々と頭の中に浮かんでいく。それに疑問すら抱けなくなっている。さも、それが当たり前であるかのように。
……ええと。
私は(サンチェス公国公女)で、名前は(プルミーユ・ド・サンチェス)。(封印を解く切っ掛けを与える)としてNAOKI家に招待を受けた。で、目的は(私達一族にかけられた呪いを)――。
……おかしい。私は……いいえ、私はこれでいいのです……良くない筈。どうなって……これでいいのですよ……私はTangerine……でもあり、プルミーユでも……え?どういうこと?……それはですね……!?
ドゴォンッ!
……時間がありませんね。体をちょっと貸してもらいます……え、えぇっ!?そんな、いきなり――!

私の頭の中での主導権争いは、突然打ち切られた。
「!ぐぅっ!」
突然、強烈な頭の痛みに、私は思わず地面に倒れそうにな……る?
「――っ!?」
一瞬、確かに自分の体から力が抜けた。抜けた筈なのに、私の体は倒れる気配がない。それどころか、二本の足でしっかりと地面を踏みしめている――!?
『暫く、体の方は私に任せてください。大丈夫です。貴女の体を無下に傷つける真似は、公族の誇りとして絶対に行いませんから――』
どうやら、脳内に語りかけてきた声の主、それが私の体の主導権を握ってしまっているらしい。私の意思の一切が、体に伝播しない。私は、完全に誰かに体を乗っ取られてしまったらしい。でも……それでも――。

私の心は、悲しみとか、憎しみとか、その手の負の感情を抱くこともなく、寧ろ、どこか安らぎを……思わず身を任せたくなるような安らぎを覚えてしまう。
(ほら、大丈夫です。今は私に任せてください。直に、すぐ体をお返し致します。ですので今は……この危機を乗り切るまでは……私に体をお預けください……)
「あ……あぁ……ぁぁ……」
崩れていく。
私が。
私というものが。
根底から。
少しずつ。
少しずつ崩されていく……。

でも……。
私に……。

抗う力など、残されていなかった。

(彼らを、助けて………)
(勿論ですよ。だって、彼らは――)

意識を失う寸前、そんな会話を、頭の中で交わしたかもしれない。
それに彼女は、裏の無い笑顔で頷いていたかもしれない。
でも――その全てが、今の私にとってどうでもよくなっていた。

(ああ………)

自我という足場を崩された私は――彼女の自我が作り出す海の中に――ゆっくりと沈んでいった………。

――――――――――――――

「皆さんっ!こちらですっ!」
彼女から預かったこの体を、私はあの男に傷つけさせる訳にはいきません。同時に、彼女が願ったように、彼らも傷つけさせるわけにもいきません。恐らくこのエントランスホールに、続々に敵は押し掛けてくるでしょう。彼らと共に――私を虜にするために。
停滞した時を生きれば、魂は堕落していきます。それは生者よりも死者に著しいです。あの男はそうして、私達の魂をあの男と同質のものにしようと目論んでいるのです。
理由は無論復讐――彼の一族を滅ぼした怨念を、我が公家のものと逆恨みしてのもの。

彼の前には死者も生者も関係がありません。逆らう存在に、ただ容赦が無いだけです。
だからこそ、この一件に関わらせた者として――。



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