その6:父の語る終わりの物語





「逃げますわよ!」

――彼女も彼らも、無事に還す義務がある。それが、'彼'が与えてくれた希望に対する、私達の返礼――。

突然の私の行動に、'彼'の家族の方々は戸惑われたようでした。
「え……!?ちょっと待ってTangerineさん!」
「今動くのは危険です!あまりにも情報が少なすぎます!」
長身の女性の方と若い男性の方は私に留まるよう促します。それは通常であれば正常な判断です。ですが、それこそがあの男の狙い。緊迫空間の中での密室。いつの間にか空は濃灰色の雲に覆われ、入ってくる光の量が極端に減少してきていました。つまり部屋は闇。互いが疑心暗鬼になる絶対の状況、それを作り出しているのです。
何とかして、この場所から移動させなくては……私が説得の言葉を頭に浮かべていた、その時でした。

「留まるには地の利が悪いぜ。安全な場所に移動しようや」

――対霊武器を持った男が、'彼'の家族に対して説得を施し始めました。時折、ちらちらと私に目線を向けながら、移動の必要性を語っています。
「霊退治で重要なのは、何より精神を休ませる余裕のある場所、それを確保する事だ。このいつ襲われるか分からん状況で、挙げ句光が失せるこの場所で休もうもんなら……神経図太くても心が壊れっぜ?」
「で、でも、そんな場所なんて何処に――?」
長身の女性の疑問を、武器を持った男性はすぐに答えました。

「王宮内の抜け道、避難経路。知ってるんだよな?」

私に視線を向けて。ならば――。
「――はい」
私もそれに応える必要があります。
「……どういう事なの!?」
「落ち着いてから話す!兎に角今は逃げるぞ!」
得体の知れない怒りに身を任せそうになっている女性の叫びを、武器の男性は捩じ伏せ、そのまま私に早口で言いました。
「道案内を頼みます」

『端が幽かに老朽化した』タイルを剥がすと、そこは秘密の階段があります。そこを下って、地下通路を通り、岐路を左へ。そのまま真っ直ぐ行くと、ちょっとした小部屋のようになっている場所があります。祭りで振る舞われるワインの保存庫です。ここなら誰にも見つからないでしょう……。

―――――――――――――

連れてこられたのは、大小様々な樽が置かれた、少し肌寒い部屋だ。樽に捺された焼きごてには、その樽が過ごした歳月がありありと記されている。ワインセラーらしいな。
「……っふぅ。ここまで来ればまぁ大丈夫だろうさ」
少し霊感を強くすりゃ分かるぜ。この部屋――霊は公族の英霊以外は入れねぇようになってら。恐らくはそうした紋様でも彫ってあるんだろうさ。あるいは、先祖を心底敬う歴史が、こうして積み重なった結果かも知れねぇが……。
「………」
あらら、NAOKI家の皆さん、Tangerineの体に不審そうな目を向けてら。だが仕方ねぇ。説明してねぇからな。
「………さて。今から説明すっから、まずはその不審そうな気配を抑えてくれねぇか?今にも襲われそうでこえーよ。霊的にも良くねぇからな」
こうでも言わなきゃINSERTiONとTearsは兎も角、後の二人が不信感丸出しで詰問しかねん。真面目な奴はこの面が厄介だ。思い詰めやすい面もあるがな。
「……まず、始めて案内された筈のTangerineが、どうして城の隠し通路を知ってんだ?って質問だが……予想の通りだぜ。
今、こいつの体を使ってんのは、サンチェス公国公女、プルミーユ・ド・サンチェス様だ」
「………やはりですか」
Preludeの奴はその答えを予想していたらしく、腑に落ちない点を抱えつつ納得はしたらしい。
だが……。
「……どういう事よ」
あらら。liverteの方は完全に怒っちまったか。柳眉を逆立てて俺とTangerine――プルミーユ様を睨み付けてくる。
「どうして彼女に取り憑く必要があるのよ!そこに彼女の自由はあるの!?どうして彼女の意識を奪うような真似をするのよ!」
成る程な。liverteが自由を意味する事から分かるように、こいつは自由という概念には敏感だ。それだけじゃなく、自分の体を自分の思うようにさせない行為――それが自由を奪う行為であるからこそ、こうも反応するんだろう。
……ならな。
「その質問は公女様に聞いてもしょうがないぜ。聞くんなら、これを仕組んだ張本人に聞いてもらおうじゃねぇか」
こうしか言えねぇ。俺だって理由は聞いてねぇからな。
「仕組んだ……張本人……!?まさか!?お父様が!?そんな……そんな筈は……!」
liverteは辺りを見回して親父殿の姿を探す。おろおろしているプルミーユ様、至って落ち着いているINSERTiON、ずっと静かなTears。……Preludeの奴は考え事をしているらしいな。……ん?
「……父上なら有り得る。リミックス手段として、彼女にそういう行為を働くくらいの事はしそうだ……」
おいおい親父様、息子に酷い言われようだな。流石古参のコンポーザー。一癖二癖ありそうだ。
まっ、俺も意見は同じだがな。Tangerineにプルミーユ様を憑けるなんて、リスキーダイスで大吉が出ねぇ限り到底実行できそうもねぇ行為をやるには、何かそれなりの理由があらぁ。只の気紛れにしちゃあ余りにも手が込んでる。
だからこそ――とっとと話してくれよ!

「其処の97〜98年地帯の棚にいる飲んだくれ!気付いてっから出てこい!」

「飲んだくれちゃうわ!」
うん、うん。流石はエセ言葉でも関西人名乗るだけある。ちゃんと突っ込みをやってやがるしな。
樽棚の影からひょっこり現れた人物……。レゴブロック風の錯視階段が書かれたシャツに、やや黒いジャケット、サングラスを手に持ち、色白の肌に灰でくすんだような赤色の髪。ズボンは黒のブーツカットジーンズ。事前にデータで確認した通りだ。
Paranoia surviver MAX――飛行機内でStream姉妹が、NAOKI underground兄弟が踊った曲、通称鯖MAXが俺の眼前にいた。
ただし――中身はNAOKI氏だがな。その証拠に――。
「流石に酒何も口にしてへんのにあの呼び方は堪忍してくれへん?正直出るの止めたろとか思うで?な?」
――この通り。関西弁を口にすんのは鯖MAXじゃねぇ。NAOKI氏だ。
「……こちらとしては空気読んで『そこは俺が説明する』みたいな感じでデデンと出て欲しかったんですけどね」
「いらちやな〜。もうちょい余裕持った方がエエで〜?」
「余裕持てる状況ちゃいますやろ!」
あ、似非関西弁感染った。

他の面子は揃いも揃って唖然としているわけで。特に真面目二人組の呆然っぷりが凄まじかった。そりゃそうだろう。父親、いきなり登場、ってだけでも驚くだろうが、その上に俺が掛け合いする姿は信じらんねぇんだろう。
だがな、俺とNAOKI氏はある人物を仲立として既に何回か折衝を繰り返してんのさ。尤も、NAOKI氏がどんな曲を借りてくるかは、俺の管轄外だったが……。
(まさかパラ鯖借りてくるとは思わなかったぜ……どんだけ本気なんだこの親父……)
DDR最強曲の一角であるParanoia survivor MAX。その体を使うには、並みならぬ精神力が必要だという。おまけにNAOKI氏は連日のハードワークで精神的には結構キツイ筈だ。
もしかしたらAM-3Pを使う筈だったのかもしれねぇが……いや、それなら最初っから使ってっか。間違いねぇ。この親父は本気(マジ)だ。だからこそ危険な憑依行為もやってのけたんだろうが。
「そういや、鯖MAXの奴、ここんとこ色々忙しいっつって外出する事が多かったな……成る程、親父と会ってたわけか」
INSERTiONは、ようやく合点が行ったとばかりに呟く。その上でぽん、と手を打ち、NAOKI氏の背中に近付き、耳元で呟いた。
「で、親父。事の顛末をこの面々にしっかり話してもらうからな。……ふざけるなら、ズブリと行くからな」
何て嫌な脅しだ。精神医の予約が必要になる発言をさらりとかますなよオイ。
「………」
だが――流石はNAOKI氏、と言ったところか。両肩に置かれた手を何気ない動作で外し、そのまま視線が集まりやすい位置に移動すると――

空気が凍った。いや、張り詰めた。一瞬の変化だった。直前までその素振りすら見せなかったのに、NAOKI氏を中心に、一気に空気の流れが変わったのだ。

「――無論、ふざけるつもりはないさ。それは音楽に対する冒涜だからね。最初からクライマックスとは行かなくても、音に携わる以上は、僕は本気だ」
そのどこか殺意にも似た雰囲気に、俺たちは全員呑まれていた。プルミーユも……どこか圧されているようで、やや体を震わせていた。
NAOKI氏は、主導権を一瞬で握ってしまったのだ。たった数言で、場の空気を全て支配した。これが年の功とやらか……。
そのままNAOKI氏は話を始める。この城にまつわる物語と、氏がこの城でやってきたこと、そしてTangerineに関わらせた'目的'を……。

――――――――――――――

流れていく。
いくつもの風景が、音もなく流れていく。シャボンのような球が風景を内包して私の周りを回っている。
全て私が知らず――それでいてどこか見覚えのあるものものばかり。
あぁ、そうだ。
REINCARNATIONが見せてくれたあの風景だ。
ということは、これが昔のサンチェス公国――。

私は水晶の一つに顔を近づけた。車の中で見た風景が、そのまま再現されている。ただ――俯瞰図になって分かった事があった。

(あれ……?)

カイドさんと話している女性、村人と同じ格好をしている彼女。あれがプルミーユ王女様……なのだろうけど……。
(何だろう……)
王女様……私と似てる……。姿形もそうだけど、何より雰囲気が、ビデオテープに映った私とあまりにも似ていた。
祭りの前、国家の風行きを心配するプルミーユ王女。彼女の心は、自分よりもまず、国民に、そして、愛する人へと向けられていたのだ。それはあの夢の中で、私に流れ込んできた感情……。

「………」
目の前で映像が消え、只の水晶に変わったところで、私は別の水晶に眼を遣った。
――思わず瞳を閉じて耳を塞いでしまいたくなるような光景が広がっていた。周辺の蛮族が、己の野性のままに住民を、兵士を手にかけていく。飛び交っているであろう擬音語は、何処までも耳障りにして吐き気を催させる醜悪なものだ。叫び声も然り。口の開きで分かってしまう。
戦いなんて、戦争なんて崇高な言葉じゃない。これは只の殺戮だ。あまりにも一方的な暴力だ。力の差が描く単純な搾取だった。
その奔流は全ての物を壊し尽くし、奪い尽くし、そして無の世界へと呑み込んでいく――。

場面は変わってメイデン城の中、多数の国民が多目的広間に集い、恐怖に身を震わせていた。
それはプルミーユ公女も同じだった。民には見せないように必死になって意識で抑え込んでいたけれど、握り締めた腕の震えがその恐怖を見事に物語っている。
このままではいけない、と大きく首を横に振って、小声で気合いを入れたプルミーユは、兵士達を集めて、何かを話しかけて相談している。やがて何かが纏まったらしく、兵士達は一人一人と公女の元を離れていった。そして全員が離れたところで、プルミーユは『皆さん!』と呼び掛け、国民の意識を纏め上げるスピーチを始めたのだった……。

――――――――――――――

「――後世、逃げ延びた人によって語られたこの'メイデン城聖女広場の演説'が終わり、その公女の言葉に従って国民達が逃げた後、公女は敵の来襲と共に自害。こうしてサンチェス公国は滅びたわけだけど……」
REINCARNATIONからも聞いた話を、NAOKI氏は息子達と俺、そしてプルミーユに話していた。プルミーユの顔はどこか複雑そうだが、無理もねぇ。改めて、自分の国も、体も滅んだ事を聞かされるわけだからな。普通の死者ならとうに消滅している。当然俺はその話を、その後の展開も含めて聞いているわけだが。
他の奴等も息を呑んで聞いている。その後に始まる大崩壊の予感でもしているのだろう。
「………いいかい?」
俺達は全員頷いた。ここまで来て寸止めよろしく情報を控えられたら俺は嫌だぞ。例えそれが知っている情報でもな。
NAOKI氏は俺達の反応に、一回頷くと、そのまま語り始めた。この物語の終着点へと加速して………。



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