その7:呪いに秘められし真実





――――――――――――――

―サンチェス公国跡―
「こ……これがあのサンチェス公国の成れの果てだと……っ!?」
「お……王よ、気を鎮めなされよ」
「黙れっ!宰相!宰相はおらぬか!」
「……ここにおりますぞ?」
「宰相!貴様ワシを謀ったな!?」
「はて、何の事でしょう?」
「惚けるな!貴様がこの国を正当に得る方法を用いると言い、その案を告げたではないか?」
「得られたでしょう?この国の土地を。文化など後で幾らでも育てれば良いではありませぬか」
「ならぬっ!ワシが得たかったのは土地ではない!国家だ!'サンチェス公国'という国家だ!こんな薄汚く荒れ果てた不毛の大地ではない!」
「やれやれ……手の掛かる御人だ」
「なっ、何をする貴様らっ!おいっ!兵よ!止めろ!止めぬか!」
「……ガルソン、ヴェルク。王がご乱心なされた。丁重に……地下にお連れして差し上げなさい」
「「ハッ!」」
「ま、待て!王に何をす――ギャアアアアアアァァァッ!」
「………王は絶望のあまり乱心し、側近に手を掛け、絶壁より身を投げた……」
「やめろっ!やめろぉっ!やめぬか貴様らぁっ!」
「………そう、己が犯した罪を痛感し、償いのために神に命を捧げたのだ………」

「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァ……………」

「クックックッ………王よ、貴公の意思は私が継ぎましょうぞ……」

―演説―

「………幾多の戦いがあった。
………幾多の者に死が訪れた。
………幾多のものを犠牲にしてきた。
王は……その己の業の深さ故に、国の者に災禍が降りかからんことを恐れ、自ら人柱となりてこの国を清めなさった。
我等も、その王の名に恥じることなく生きていかねばならない。
我等は、その名を汚してはならないのだ!
我等は、王を汚してはならないのだ!」

―裏―

「………クックックッ……熱狂状態での単一の単語の連呼は、聞く側を陶酔させる。こうして王に対する教育を施せば、全ての権力は王である私の元に来るだろう……フッフッフッ……ハァーッハッハッハッ!」

―夜―

「……ん?何だこの音は。ガルソン、ヴェルク?お前達――!?」

――ズルッ……グチョ……ベチャ……

「ひ……ひぃぃっ!衛兵!衛兵はおらぬか!」

――グチュ……グニュ……クチャ……

「ひぁぁっ!み、みんな食われておる……!」

――ズルッ……ズルッ……ズルッ……

「ひっ……ひいぃぃぃっ!」

――ズルッ……ズルッ……ズルッ……

「はっ……はぁっ……はっ……はぁっ!」

――ダレニモ、ワタシハセヌ……

「な……何者だ……!名を名乗れ!」

――ダレモ、ノガシハセヌ……

「よせ……やめろ………やめろぉ………近付くなぁ……化け物がっ!」

――ココハ、ワシノクニダァァァァァァァァァ

「――ギャアアアアアアアアアアアアアアアア――」

――ダレモ、ノガシテナルモノカ!
――ダレモ、ユルシテナルモノカ!
――トワニ、ココニトラエテヤル!
――ニドト、ダレモイレテナルモノカァァァァァァァァァァァァァッ!

――――――――――――――

「――その日の夜のうちに、バルザダー王城は壊滅。その有り様は酷いものだったらしい………。
悪霊となり果てたヴォルファン・バルザダード七世の呪詛、それが霊を縛り付け、土地を手にした者を死に至らしめ、この場の時を歪めた呪いだ。
誰も逃さない。
誰も許さない。
永久にここに捕らえてやる。
二度と、この地に他の存在など入れてなるものか。
――これがバルザダー王国の滅亡の真相と、この地にかかる呪いの真実だけど……liverte、プルミーユ公女、大丈夫かい?」
顔面蒼白な二人に、NAOKI氏は問いかけた。
「……えぇ、何とか……」
先に答えたのは、プルミーユ公女様だった。liverteは――ショックのあまり茫然自失だ。ま……仕方ねぇ内容だが……。
何だこの限りなく報われねぇ物語は。報われねぇどころじゃねぇ。騙し騙され、殺し殺され、戯曲のカーテンコールには客が居なくなりそうな鬱展開だぜ。脚本家がクビになりかねねぇレベルの、最低最悪にして誰も楽しめねぇトラジティだ。んなもんを聞かされたんじゃ、愛と平和、自由を愛するこいつは耐えられねぇのも無理はねぇ。
「………」
にしてもTearsは、平気そうな……っつーか何も感じていねぇような顔してやがるし。話を聞きながらチラチラとドア際を見てやがるし。……何が居んだ?
俺はちょいと振り返り、Tearsの視線の先を眺めてみた。何だ、何も居ね……え?

『………』

居たよ、亡霊が。公国の紋章の付いたブローチを胸につけた、機動性を考慮した簡素なドレスを身に付け、髪の毛を後ろで一つに纏めた女性。その心配そうな視線が、Tangerineの体に向いている、っつー事は……。
Tearsは、その間に親父殿に耳打ちしていた。何かを相談しているらしいが、小声過ぎて何も聞こえやしねぇ。
……話が終わったらしい彼女が、俺に近付いてきた。まさかとは思うが……まさかだよな?
期待と言うか、悪い予感は大概人を裏切らねぇと言うか、Tearsは俺にこう耳打ちしてきやがった!

「………あの霊を、私に、憑けてもらえます?父にはゴーサインを貰いましたから」

「……マジでかよ」
危ねぇことを言うお嬢さんだ。……俺よか年上だが。
「あのな」
「大丈夫ですよ。この城の今の設計図を教えてくれたのも彼女ですし、そもそもあの霊はプルミーユ公女の付き人のジョシュアですから、公女に危害を加えるなら、既に加えてますよ。幸い霊的な穢れも少なく、霊的波長が私にも近いらしく、無理な憑依にもならないらしいですし、何より向こうも同意してますしね……と父が私に」
ぐっ……憑依に於ける問題事項を全部解決済みとしてるのか……。向こうではNAOKI氏がこちらに指を立ててやがるし。Tearsも最初から憑依してもらう気で居やがるからなぁ……って?
「……彼女が付き人ジョシュアなのか?」
俺の問いに、Tearsは頷いた。俺は霊の方を見る。ついでにリンカネの話を思い出す。

『――プルミーユ公女様には付き人が一人いてね、名前はジョシュア。ポニーテールが可愛い、国の紋の入ったブローチをつけた、妙に機動性の高いドレスを着た女性だったよ――』

――ドンピシャ。ならば話は決まったし、俺も覚悟を決めた。早速NAOKI氏の方に近付き、耳元で囁く。
「……どうかあの霊を、Tearsさんの背中に呼び寄せてもらえません?」
流石に見ず知らずの俺が話すより、一度話したことがある相手の方が呼びやすいだろう。NAOKI氏もそれは認めたらしく、いまだ話の余韻でやや茫然としている他の四人の横を通り抜け、霊の側へと近付き、何かを話している。理性のある霊。穢れがないとこの辺りが楽だ。穢れがある場合、いきなり食らいつくなんて事も有りうるからな。
暫くして、話がまとまったらしい。ジョシュアの霊をNAOKI氏がエスコートするように近付けていく。そのままジョシュアは、Tearsの背中に取り憑いた。
「ん……っ」
Tearsがむず痒いような声をあげる。霊に取り憑かれた存在の初期症状、全身に走る寒気だ。普通より発生が薄いのは、魂の親和性が高いからだろう、
「……大丈夫か?」
念のため俺は彼女に聞いた。彼女ははい、と頷く。続いて俺は取り憑いたジョシュアに向き直った。
ジョシュアも俺を見つめる。本能が察しているのだ。目の前の存在が、霊をよく知る存在である事を。何もする気配がないことを確認すると、俺は彼女に静かに説明を始めた。
「……憑依せし者は、冥府に於いて定められた以下の条に従うことを約せねばならない。
一つ、悪意を持った目的で憑依せし対象の体を使わない。
一つ、憑依対象の命を自ら奪い取り、その魂を奪い取らない。
一つ、精神内に於いて、憑依せし対象との意思疏通を図らねばならない。
一つ、その際、憑依せし対象の悪意ある行為は押し留めなければならず、逆に自らも悪意ある行為を慎まなければならない。一つ………」
長ったらしいかも知れねぇが、この一つでも怠りゃ、大変なことになんのは目に見えてら。それは、霊は言葉に縛られるっつーこの業界の長い歴史が示した法則性から言えることだ。
俺の言葉に、一つ一つ頷いていくジョシュア。条件を受け入れれば、あとは俺がやることは一つ。
俺はジョシュアの手に、自分の両手を重ねた。そのまま呟く。
「……冥王の名の元に、汝、ジョシュアが対象に憑依することを許可する。双方の同意のままに――」
小声で呟くと、彼女の体はTearsの中に徐々に沈んでいった。同時にTearsの体からは、力が徐々に抜けていっていく。双方の同意で憑依が行われる場合の好例だ。完全に倒れる前に、俺が彼女の体を支えて……っと。
NAOKI氏は、他の息子達にも憑依についてと、その意図を話したらしい。まぁ、強引な憑依と違って、綺麗な憑依が行われた場合、ある特殊な状態になるからな。心配はねぇ。
やがて、ジョシュアの体がTearsの中に消え、彼女が俺に全体重を掛ける。成る程、DDR国の出身は純粋にノーツ数の都合、あまり重くはならないわけか。そこまでノーツが多くない俺でも楽に支えられるわこりゃ。
完全に憑依するまで、俺達は静かに見守る必要がある。一つの体に二つの精神が共存するのは、かくも大変なわけだ。
「……ん……」
やがて、俺の腕の中でTearsの瞼がぴくぴくと動く。どうやらうまく憑依が完了したらしい。そのまま、ゆっくりと動き始める。
「……ん?あれ?私のまま?」
――成功。
「……気分はどうだい?Tearsさん?」
俺の声に、Tearsは不思議そうな声で返す。
「……何も変わらないわ。本当に憑依が成功したの?」
疑わしげな目線を俺に向ける。おいおい。現に俺は見てるわけだ。ジョシュアの体がTearsん中に入っていく様をな。それに……憑依行為は精神を乗っ取るものだけとは限んねぇぞ。
ただ――この反応は正直、俺はニヤリとせざるを得ねぇ。
「じゃ、早速声を出してみてくれ、ジョシュア」
俺がTearsの中に向けて、軽〜くお願いすると……?

「――あ、あ〜、サンチェス公国国民法第一条、サンチェス公国国民は、より良い国家を維持するために勤労に励む義務をもつ――」

「!?」
驚くTearsの表情を放置したまま、Tearsの口は今は失われた国の法律をすらすらと読み上げていた。
「ありがとう。――っつー事だ。憑依は成功してるぜ。完全な形でな」
二重人格、って言うのは心理の分裂やらトラウマやらと原因が分かれてるが、中には霊が原因、ってのもありうる。いわゆる憑依状態のそれを霊視の出来ない人間が勘違いしたものだ。ま……実際に人格が二つあんだから仕方ねぇがな。
面白いことに、憑依の状況と二重人格の状況は殆んどイコールで関連付けられる。線を引いて相関を考えられるレベルだ。
二重人格のパターンは三つ。
一つ目は、互いの人格が共存し、いつでも互いに会話できる状態にあるもの。今のTearsのように、正規の手順で憑依が実行されれば、この状態へと移行する。互いに最も安全な状態で、且つ友好関係が結べるものだ。
二つ目は逆に、互いが互いを知らねぇ状況で、体内での意思疏通が不可能な状態だ。これは霊でもたまに見られる現象で、悪意のある力が弱い霊が憑依すると大概こうなる。
そして三つ目が、もう一つの人格は全てを知っているが、本来の人格がそれを知らない状態にあるものだ。Tangerineのそれが近い。彼女に憑いたプルミーユの断片は、Tangerineの目で風景を見て、Tangerineの耳で音を聴いていた。だから状況を理解していたし、徐々にTangerine意識を沈めさせていく芸当も出来たんだろう。
「………」
茫然としているような表情を見せるTears。その心ん中では、多分ジョシュアと絶賛会話中だろう。正式手順憑依の後、必ずやらなきゃならねぇことの一つだ。相談せずに過ごすには、憑依状態ってのは流石に色々と問題があっからな。
「……」
ようやく落ち着いてきたらしい。表情にも機内で見せた余裕な表情が段々と戻ってきた。



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