その8:『地』の名を継ぐ者達





こいつはうまく精神の住み分けが出来そうだ、俺の見込みは、次のTearsの行動で証明された。
「……プルミーユ様……」
この行為の一部始終を見ていたプルミーユの元へ近付くジョシュア。纏う姿は変わったが、纏う霊的な気配から、プルミーユは目の前のTearsがジョシュアであることを確認できたらしい。
「……ジョシュア……」
記憶にある姿より、遥か小さな体を抱き締めるTangerine――プルミーユ。
「……プルミーユ様……」
「……ジョシュア……」
「……お側に居られず、申し訳御座いませんでした……」
「……良いわよ。仕方無いもの……」
「……カイド様は、無事にこの城を抜け出しておりました。黄泉から戻されること無く。ですが……」
「……そう……」
一通りの近況報告を終えたところで、二人の間に沈黙が満ちる。まぁ……な。仕方ねぇ。そこまで楽しい話題もなさそうだしな。それに、多少は気が安らいだろうが、こいつらの真の安らぎは未だだ。その為にも――。
「……あ……、悪いがプルミーユ公女様、貴女は一度眠ってください。このままだと色々と不都合があるんで」
「……え?」
そう、不都合があんだ。プルミーユがそのまんまだと。その不都合の理由に気付いたらしいジョシュアが、公女様に耳打ちをする。
「プルミーユ様。それは……」
それを聞いたプルミーユは、あっさりと納得したらしい。俺の前に来て、お願いしますと頭を下げてきた。
俺は彼女の体を石の床に横たえ、瞳を閉じるように指示をしてから額に人差し指を置き、術を詠唱した。
「――分かたれし精神の邂逅を、冥王の契約者たる我が指示せん。但し忘れるな!肉持つ魂に仇なす者は、その魂を地獄の鎖に繋がれん事を覚悟せよ!」
人差し指で額に五芒星を描く。それがTangerineの体に入っていったのを確認して、俺は指を離した。
Tangerineの体は、今はすやすやと寝息を立てている。問題がある場合はすぐその状況を解除するようにも術を構成しているから、しばらくは何もしなくて大丈夫だ。
「そういや……」
気になったことがある。この部屋は霊は王族ぐらいしか入れねぇ筈だが、なぜ王族じゃねぇ筈のジョシュアが入ってこれるんだ?
皆まで言わずとも、ジョシュアは俺の疑問を察したらしい。Tearsがその問いにゆっくりと答えた。
「王族に護衛は必要でしょ?……彼女、これでもヌヴィム流体術師範代らしいし」
そのまま立ち上がると、見事な型を披露した。一体多数の中で、己と護衛対象を守る最良の動きと構えを維持している。虹色姉と同期のMajestic Fireが、確かこれをさらに戦闘向けにしたものだったな……。
「………押忍」
型を終えたTears――ジョシュアが、軽く呼吸を整え、俺の方に向き直る。その瞳に、躊躇とか迷いとかその類いの光は見えねぇ。この侍女……プルミーユのためなら熊でも殺しそうだな……。
「……とこんな感じで、姫と一緒にいるために鍛えていたから、公主様から近衛侍従として任命されたらしいの。仮ではあるけど、王族に連なる名字を貰ってね」
つまり、血の繋がらない'正式な'姉妹みたいなものとして、この結界は認識したわけか。
いい感じに納得したところで、俺はTangerineの方を見た。他の全員もそちらを見つめている。寝息や気配からは乱暴な感覚はない。だとすると……問題はまだねぇか。……っふぅ。
俺は改めて顔を上げ、NAOKI氏の方に向き直った。
「……で、解放の段取りは既に出来ていたりします?」
NAOKI氏は髪をかきあげつつ、懐のポケットから一枚の髪を取り出した。先程入れられたばかりなのだろう。皺が少ない。氏はそれを広げて……広げて……広げて――ってちょ待て!
「何ですかその紙はっ!」
ポケットサイズから、行楽時によく使う家族用ビニールシート(四人家族基準)にまで一気に広がった紙を見つめながら、俺は思わず盛大に突っ込みを入れてしまった。
「何って……この城の見取り図だけど」
何事もないかのように平然と言ってのけるNAOKI氏……。いや、俺が問題としてんのはむしろその紙の方だが……まぁいい。追求するだけ疲れるだけだ。
「……そっすか」
一先ず俺は、その見取り図を眺めることにした。各階層毎のマップが事細かに記されている。かなりジョシュアとプルミーユの観察が活きているのか、メモ書きの多さが目立つ。
……?所々見た事のある文字があるぞ?この文字は……?
「NAOKIさん、この文字は……まさか?」
俺の問いに、そのまま頷くNAOKI氏。

「REINCARNATIONにはかなり協力して貰ってね。行く前に公女の居場所、大体の目星はつけておきたかったから」

そりゃ全面的に協力するわな。
なにせ、あいつは――。

「……で、どうすんだい?親父。実行すんのはTangerineさんが目覚めてからだと思うが、お二人さんの会話で盛り上がっちゃ俺らの居場所がねぇよ」
痺れを切らしたようにINSERTiONが親父殿に食って掛かる。それを受け流しつつ、NAOKI氏はポケットから指し棒を取り出し、マップ上の一点を指した。
「まず、公女様がいた場所がここだ。僕はここに忍び込んで、彼女を抜け出させた。そして今がここだ。このワインセラーが暫定的に隠れ家……と言うことになる」
そのまま指し棒を動かして、次に指した場所――多分先程のエントランスだ。
「亡霊たちの溜まり場がここと――こことここだね」
そのままとん、とんと、舞踏会場のようにそれなりの床面積がある場所を二点指差した。
「ここで君達は、霊を迎え撃ってもらうつもりなんだけど……」
成る程、ふむふむ、一斉撃破……と。……って!?

「「えぇっ!?」」

「ちょ!ちょっと待ってくださいNAOKIさん!それは無茶ですよ!」
無茶だろ!?素人に幽霊退治か!?んなもん特殊な力が無いと無理だろ!
「そうですよお父様!私達に幽霊を倒す力は無いんですよ!?そんな私達に迎え撃たせるんですか!?」
liverteも同意する。まだ話の影響があるのか、その顔は青いが。
だが、そんな俺らと違い、Preludeはいたく冷静だった。こいつ、それでも親父を信用するってのかよ!?
「おい、Pre――」
「お静かに」
俺を瞳で射抜くPrelude。その気迫に思わず俺はたじろいじまった。言葉を止め、静かになったところで、Preludeは親父殿に向き直る。
「………父上、私達は霊という存在をこの場で初めて目にいたしました。当然、霊がどういった存在であるかもお伽噺でしかないわけです」
「無論、知っているよ」
「知っている、と。知っていた上でこのように言う以上、父上……貴方は何らかの方策を私達に施すつもりだ、そう考えて宜しいのですか?」
「……まぁ、そうだね」
それでも俺は……無茶だと思った。霊の専門家としての知識を、NAOKI氏が持ち合わせているとはどうしても思えねぇ提案だからだ。
生身で霊に迎え撃つだと?秘密兵器があるから対等に渡り合える相手だぞ?姉貴達は元よりそういう能力を生まれつき持ってる。だがこいつらは……無ぇ。
もしかしたら秘密兵器を持ってんのかもしれねぇが、この人数に直ぐ扱えるような秘密兵器何ざ知らねぇぞ……?
俺の思いはよそに、Preludeは話を続けた。
「ならば……それを教えてもらえますか?GHOSTBUSTERSさんが話を終える前に無茶だ無理だ言ったのは、彼自身の経験があるからでしょう。氏の発言にはそれだけの重みがあります」
そこで一度視線を外し、俺達の顔を確認する。俺達はただ頷くしか出来なかった。
確認できたPreludeは、再び親父殿に向き直ると、力を込めた言葉で告げた。
「ですから――教えてください。父上、貴方の真意を、方策を。可か不可かはその後判断しましょう」

「……そもそも、僕は霊と'戦う'なんて一言も言ってないし、'打ち倒す'って初めて言ったのはGHOSTBUSTERS、君だろう?」

「……へ!?」
ちょ、ちょっと待てよ!
「NAOKIさん!でも貴方確かに言いましたよね!霊を迎え撃つと!」
迎え撃つ、っつー事は霊と戦うことじゃねぇのかよ!
「何も間違ってはいないよ。霊は迎え撃つ。でも戦わない。いや――戦う必要がないんだ」
「ますますわけ分からないですよ!相手は理性を無くした傀儡ですよ!?戦わなきゃ止まらないですよ!?戦う必要大アリじゃないですか!」
少なくとも、俺が今まで退治した霊ってのにそれは多い。今回、リーダー格はヴォルファンで間違いがないだろう。だが、そいつと戦わず、この異変をどうにかできるのかよ!?いや……この男の前に、囚われた霊は全てその男の傀儡だと思っていい。そいつらは全力で俺達を排除しにかかってくると考えていいだろう。NAOKI氏はそれをわかっているのか!?
俺のその言葉を受け、NAOKI氏は……。
「……ははは……」
笑った。何も知らない子供を嘲るかのような、どうしようもないな、と言っているかのような笑顔をした笑いだった。
俺は非常に傷つけられた。正直、許せないと思った。だが次の瞬間――。

「――君は僕がただ徒にこの城に居たと思っていないか?」

「――!!??」
強烈な怒気が俺に叩きつけられた。その場の空気が渦を巻いて、俺を切り刻んでいるかのような、あまりに強烈な――怒りのオーラ。
「Underground名義をこうして集めた理由も、まさかリミックス名義だから、とか思ってはいないか?兄弟を集わせた方が当人もリミックス後に楽だろう?甘いよ。地底、深層。存在の表層が肉体なら、深層は精神だ。そして暗黒面を描くなら、その深層へと身を潜らせる必要がある。そうした中で作られた彼らは、精神に対する親和性も高いが、心理的な防御力も高い。霊の大概は心理攻撃だ。肉を纏うのは例外。霊の行う精神攻撃に強いのは君らだ。だから僕は君らを呼んだんだよ」
「………」
この時、俺は悟った。何故NAOKI Underground名義に良曲が多いと言われているのか。
それはつまり、他者の心に訴える力が、それだけあるからなのだろう。
闇を覗くものは、自身も闇に呑み込まれちゃいけねぇ。この人はそうして呑み込まれること無く心を覗き、知り、描いてきた。だからこそ、突き動かせるんだろうな。他者の心って奴を。
「戦わなくてもいい、というのはつまり、戦う前から僕らは勝っている、ってことさ。それだけの準備を僕はこの数日、ずっとやって来た。これが何か、君だったら分からないか?」
見取り図の右下に書かれた何かの紋様。それは地図上では赤い点で記されている……って――まさか、この点の置き方は、いやそれ以前にこの呪印は――!
「……ずいぶんドデカい爆弾を仕込みましたね……」
こいつぁ……完全に滅亡の、崩壊の――それすら生温い、大崩壊、つまり'catastrophe'の構図、それをほぼ起動直前にまで完成させていやがった!
「霊が求めるものは、永遠の安息。その為には受け皿を創り、縛るものを崩壊させるのが定石。天国行きは別枠で用意させているし、地獄行きは君が先導願うよ、GHOSTBUSTERS君。

全ては、僕と彼女達の筋書き通りに終わる。予想外のファクターが入らない限りは、ね」

「………」
何も言えねぇ。
何も返せねぇ。
この紋様は言わば、特定条件下で一気に作動する霊封じだ。それを五芒星が引けるように建物内の各階に設置し、後は起爆の合図を出せば――霊は実質無力化される。
さらにこの紋様は、起爆して特定条件を満たすと、属する階層を全て浄化する。この建物自体、強力な呪いがあるからこそ今も綺麗なままで在るようなもんだ。つまり、この呪いが解ければ――!
「……NAOKIさん」
「ん?何だい?」
軽口を叩けるような雰囲気に一瞬で戻したNAOKI氏に、俺は軽く畏敬の念を込めて告げた。
「……ここまで考え、行動されていたとは知らず……失礼いたしました」
正直、この人に敵うことはねぇだろう。そう感じさせられた。
「でも、せめて霊的防御を上げるアイテムくらいは身に付けさせるでしょう?」
勿論、とNAOKI氏は返し、そのままポケットから取り出したのは――16本のミサンガだ。ただし、その一本一本にキリル語らしき何かの紋様がしっかりと描かれている。恐らくは防魔のそれだろう。それにしても、
「………」
NAOKI氏、一体貴方は何者だ?



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